レポート >建築学

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  1. 都市緑化技術
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    yasuyuki
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    6ページ
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    300ポイント
    登録日:
    2012-02-03
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    厳密に自然を復元するというよりも、身近な自然に触れるためのフィールドとして、自然遊びのプログラムやワークショップに活用している。そのほか、日々の情報や見どころなどをボードに掲示したり、自由に手にして観察できるセルフガイドを用意したりと、来館者自身で楽しめる工夫もされている。都市部でなくなった「身近な自然」を造る。「原自然」でも「希少」でもない原っぱや川、池などの生活圏にあった身近な自然は「子どもと自然」「子ども同士」が最初に触れ合う場所であり、都市部でなくなってしまった、ごく普通の自然が屋上ビオトープである。

  2. 桂離宮
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    fk000
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    2ページ
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    200ポイント
    登録日:
    2012-01-15
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    日本史や民俗学を学ぶ中で、日本の建築に興味を持ったので、今回は桂離宮について論じたいと思う。
    桂離宮は17世紀に八条宮家(桂宮家)の別荘として造営されたもので、書院、茶屋、回遊式庭園から成り、近世の皇族の別荘の実態を伝えるものとして貴重である。
    桂の地は、古くから貴族の別荘地として知られ、平安時代には藤原道長の別荘(当時は「別業」といった)が営まれていたという。

  3. 評価グリッド法を用いたニーズ調査
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    chiken0504
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    8ページ
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    500ポイント
    登録日:
    2011-11-28
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    1)調査テーマ
    温泉

    2)そのテーマを選んだ理由・動機
    最近、世間で「癒し」というものが一躍ブームとなっている。様々な問題を抱える社会の中で生きている現代人にとって「癒し」は大切な要素である。そして、温泉はその1つであり、興味をもった。また、私は卓球部に所属しており、最近試合が続いて私自身もよく疲れをとりに…

  4. 田園都市と日本
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    yasuyuki
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    5ページ
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    400ポイント
    登録日:
    2011-11-14
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     近代以降の都市計画に必要とされていることは、他者と共存し、利害対立を高度な次元で解消する「公共空間」をつくっていくことである。このような視点は、18世紀の産業革命以後のイギリスにおいて、いわゆる近代都市の「病理」が表面化、深刻化していく中で浮上してきた。それは1848年の公衆衛生法に代表されるような、都市化の行き過ぎを是正する法制の整備に向かう場合と、社会改革者による理想像の考案・開発という方向に向かう場合の、二つのベクトルが存在していた。

  5. 農村計画
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    yasuyuki
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    3ページ
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    200ポイント
    登録日:
    2011-11-14
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    飯田市のグリーンツーリズムの流れ
    長野県の南部に位置する飯田市は、気象条件に恵まれ多様な農作物の南限あるいは北限に位置し、自然も豊かである。飯田という地名も結いの田に由来し、農山村コミュニティの象徴でもある共同労働作業のゆいに深い関係を意識させる。飯田市では近年、行政と地域住民の連携で、都市農村交流を農業、農村の暮らし再見の見地から進めている。農山村と都市を結び、農山村を活性化させ持続型社会を構築するための都市農村交流事業を推進してきている。通過型観光ではなく、住民との交流を仲介する滞在体験型、学習型プログラムへの展開をすすめている。…

  6. 都市のおけるパブリックオープンスペースの役割
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    yasuyuki
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    5ページ
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    200ポイント
    登録日:
    2011-11-14
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    東京のオープンスペース
    1856年のオープンスペースから見た都市構造は、江戸城を中心に外濠内部の北部地域(現在の神田~九段界隈)は比較的小規模の武家屋敷があり、南部は中規模の大名屋敷が置かれていた。外濠外部には、水戸、尾張、紀伊らものであるが大規模な屋敷が存在していた。一方寺社地はこれら大規模な屋敷と同様に外濠外部にほぼ環状になっている。農地はおおむねこれら大規模武家屋敷、寺社の外郭にあり、現在の新宿周辺は農地であった。火除地馬場などの明地という属性は江戸城周辺、外濠周辺にある。明地は西部の農村地域にもあり、これらは鉄砲角場、大筒…

  7. 地球の都市化
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    mtk7689
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    6ページ
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    200ポイント
    登録日:
    2010-07-29
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    はじめに
     今の世界に「地球都市」というものが出現してきている。現代、様々な技術の発展により、コミュニケーションは地球規模になり、「国際」的になった。国際コミュニケーションが発達してきたことで世界は小さくなったため、「地球文化」といわれるものが出現してきている。カナダの国際コミュニケーション学者マーシャル・マクルーハン(1987)はこのコミュニケーションの状況を「地球村」と呼んだが、この第5章の筆者エリック・M・ク

  8. 建築デザインと歴史
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    g0310006og
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    5ページ
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    350ポイント
    登録日:
    2010-07-29
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    1. 古典主義建築 ~ローマ古典様式への回帰~
     
    17世紀から18世紀にかけて、バロック建築は各国に広がりを見せた。しかしフランスやイギリスでは、ローマバロックのもつ不規則・不均等などの特徴が受け入れられず、ローマ帝国時代の正しい比例や理性的な形式を重んじて、古典様式への回帰を目指す運動が多く見られた。このとき建てられた建築こそが古典主義建築である。

  9. 上野公園の現状と課題と対策
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    yasuyuki
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    4ページ
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    400ポイント
    登録日:
    2010-07-27
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    上野公園の歴史
    上野の台地は武蔵野台地の東端にあたり、古代より人々の生活の場となっていた。江戸時代には、上野の山全域において東叡山寛永寺の造営が始まり境内が公開されると、上野の山は花見の名所として、不忍池は蓮の名所として賑わいを見せた。戊辰戦争により荒廃した上野の山は、太政官布達により日本で最初の公園のひとつになった。日本で最初の博覧会である第1回内国勧業博覧会が開かれ、美術館・博物館・動物園などの文化施設が集積する今日の上野公園を形づくってきた。

  10. 紫禁城について
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    tama0915
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    1ページ
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    150ポイント
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    2010-05-18
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    紫禁城は大内であって、元代の大内の跡をそのまま利用したのではなく、南北の中心線の位置も東へ約1中国里ほど動かした。周長約6中国里の南北方向に少し長い長方形の一郭であって、高さ34.5尺の城壁が囲み、その外方には護城河がめぐっている。紫禁城の北にある景山の一郭は、元代の後苑を利用したものであるが、元代には景山のようなものはなく、明になって護城河を彫って出た土を積み上げてきたらしく、これを煤山というのは俗説である。

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