レポート >歴史学

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  1. 「銭貴」から見る清朝の財政政策
    登録ユーザ:
    Thoan
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    3ページ
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    300ポイント
    登録日:
    2014-09-28
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    はじめに
    このレポートでは、「銭貴」をテーマにとり、清朝の貨幣政策、財政政策を考察しようと考える。私がこのテーマを取り上げようと思ったのは、『清朝とは何か』の一章にこれを扱ったものがあり、この耳慣れない用語に興味を持ち、清朝の貨幣政策に関して、どのような研究が行われており、そこからどのような考察ができるかを試みたいと思ったからである。

  2. 「府兵制」について
    登録ユーザ:
    Thoan
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    5ページ
    ポイント:
    300ポイント
    登録日:
    2014-09-28
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    はじめに
    軍事力は国家が行使する権力の最たるものであり、その内容には、社会制度、外交関係、人口、財政、技術力、文化など、多岐にわたる要素が反映される。私は、唐という「絢爛たる世界帝国」の盛期の兵制として知られる府兵制の制度と実情、その源流、そして崩壊を調べることで、唐の社会と文化を新たな視点で見ていくことができるのではないかと考え、このテーマを取り上げることにした。

  3. 文化概説について
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    aki0016
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    2ページ
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    200ポイント
    登録日:
    2013-07-23
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    近代という時代は、キリスト教を基盤にする宗教教義の盲信からの解放、封建的君主への政治的服従からの解放、因習や無知蒙昧からの解放という意味の「人間の解放」をスローガンに始まった。ルネサンスからの宗教改革、産業革命、市民革命と続く大変動のなかで、それ以前のあり方からの脱却が絶え間なく志向されてきた。その動きを生み出す力の根源は本来人間に普遍的に備わるものとされた理性である。

  4. 近世中国の社会特質
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    orion500
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    2ページ
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    150ポイント
    登録日:
    2013-02-13
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    16世紀から19世紀の東アジアでは、ヨーロッパとの出会いをはじめ、目まぐるしく変化する産業構造と銀・生糸・火器などの新しい物品の登場などそれまでの東アジアでは見られない出来事・変化を数多く見ることができる。混乱から秩序へと移行するその時代を、ヨーロッパとは捉え方の異なる「近世」という視点で東アジア、特に中国について、その社会の特質をまとめて追っていく。
     まず中国社会を大きく動かしたのは、銀の登場である。それまでの中国では銅銭が主な貨幣として国内全土に流通しており、一部では米などが貨幣の役割を果たしているところもあっ…

  5. 日本全国における牛馬の分布の違いに関する考察
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    earthman50
    枚数:
    2ページ
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    150ポイント
    登録日:
    2012-11-03
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     今学期の授業の内容で、私は農耕に使われる牛馬の分布の地域差に興味を持った。
     明治前期における耕牛、および馬の分布を見ると、西日本では牛が多く使われていたのに対し、東日本では馬が多く使われていたことが分かる。また、西日本でも九州地方は牛、馬ともに広く農耕に用いていた。こうした地域差はなぜ生じたのだろうか。

  6. 古代社会について
    登録ユーザ:
    zbf1973
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    2ページ
    ポイント:
    200ポイント
    登録日:
    2012-10-21
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    まず最初に、日本人は、古くから農耕民族として作物の豊作を願って祈りをささげるという文化があった。そこには、自然などあらゆる事物には霊魂が存在しているという考え方が前提としてあり、そうした霊をおそれ敬う慣わしとして祈りをささげるのであった。人々は、「八百万の神」に対してお供えをおこなって敬いさえすればその時期は豊作が約束され、それらを怠った場合には天罰が下ると考えていたのである。このような信仰はアニミズムの一種として考えられている。

  7. 大名と鎖国の政治について
    登録ユーザ:
    zbf1973
    枚数:
    2ページ
    ポイント:
    200ポイント
    登録日:
    2012-10-14
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    まず最初に、室町時代においては、駿河から長門までを将軍が、東国を鎌倉公方が、九州を九州探題が治めており、それらの統括のもとで守護が国を支配していた。そして、幕府は、南北朝の争乱の続く中で、治安の安定を図るために守護の機能を強化した。
    まず、守護の権限について見てみると、鎌倉時代では、軍事や警察面に限定されていたが、室町時代になると、新たに刈田狼藉の検断権と使節遵行権が守護の職権として付与された。刈田狼藉とは、土地の所有を主張するため実力で稲を刈ってしまうことであり、武士の間の所領紛争にともなって発生した。

  8. 民権運動と政治の変革について
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    zbf1973
    枚数:
    2ページ
    ポイント:
    200ポイント
    登録日:
    2012-10-13
    ユーザの評価:

    まず最初に、民権運動の歴史は1874年、愛国公党の板垣退助らが左院に「民選議員設立建白書」を提出したことから始まった。建白書は、薩長藩閥による有司専制を批判した上で、民選議院の設立を要求するものであった。議会の設立については、下野した高級官僚や知識人が中心となって支持していたこともあって、当初は士族的要素の強いものであったが、その後、次第に国民に考え方が浸透していき、自由民権運動の気運が高まる契機となっていった。

  9. 全国における浅間神社の分布と富士浅間信仰
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    earthman50
    枚数:
    3ページ
    ポイント:
    150ポイント
    登録日:
    2012-11-03
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     富士山は日本最高峰であり、霊山の一つとして信仰を集めてきた。その神霊は「浅間大伸」などと呼ばれ、これを祀るのが「浅間神社」である。浅間大伸を祀る浅間神社は日本各地に分布している。
     今回のレポートでは、この浅間神社の分布から、日本全国における浅間信仰の広がりについて考察してみようと思う。

  10. 西洋近代史
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    takapagne
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    7ページ
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    500ポイント
    登録日:
    2012-10-02
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    コロンブスの新大陸発見と制服
    当時ポルトガルが東回り航路でインドに到達するべく次々と船を出したのに対し、彼は、西回りでインドに到達する事を計画。スペインのイサベラ女王の援助を得て出発、1492年、現在のバハマ諸島の一角に到達し、「西欧人による新大陸発見」を成し遂げた。4次に渡る航海でカリブ海一帯を探検、中米および南米大陸をのぞむところまで到達した。彼は自分が到達した場所はインドであると最後まで信じ続けており、先住民をインディオ(英語でインディアン)と呼びならすのは、このためであるが、今日ではネィティブアメリカン(アメリカの先住民)…

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